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2023年を振り返って

コロナ待機的なことが解除されて
仕事90%なかった頃を思えば
とってもありがたい状況だったと感じる。
今年は6000人超の方々とセッションした事になる。

約半年ぶりのブログ。。。なんと!?

 

 

 

 

 (←撮影:大野隆介氏)

 

単純にはいかないのだけど、
来年度は倍にしたいとも思っている反面、
予定で言うとそうはいかない。
事業委託として頂くお仕事が半分を占めるため
外への広がりという意味では少し活動が減るのかもしれないし、
そこをうまくやるのかもしれない。
計画と実行
現場では定型はうまくいくけど
我々の活動はそればかりではないし、うまくいかないことも含めて
セッションだという現実。
そんなことを11月あたりからずっと考えている。

ミュージシャンという職業は
自分がやりたいことをやっているけれど
その責任と自由の間にある「生活すること」とは無縁かのように
生きることを代償とすることが多い。

”やり方次第”

なんだけども…

器用に生きられない人たちもいる。

そこへきてこのドラムサークルというものを
糧の一つとする我々にはさらに「社会貢献」的な意味合いも
「無償」と紐づけられてしまうことが多い。

やれる方法を考える。
誰か一方に負担がある方法は
自己犠牲でしかなくて、誰をも救わなくなってしまうし
永遠に続くことではない。
誰かを犠牲にする中で「誰かがよくなる」のは
一時的に成立しても、永遠ではない。

あり方の違いが質の違いになってしまう事も懸念。
本当にそこに必要なことが「偽善」によって
「届かない」ことは
やはり「広がり」に影響もある。
参加者が「本物に触れるまで」の時間経過がもったいないと思わず?
「自己満」。

学校では予算が…
何度も聞かされた話。
文化庁の助成金の件を話すと
「色々面倒ですよね」

実際には「面倒」なの。やることいっぱいあるからね、
忙しいの。学校って。時間いっぱい欲しいくらい課題もいっぱい。
お金は言い訳。
その面倒な部分をこちらで「請け負う」事も提案セット。

信用につながる仕事。

「本来の授業も大事だけど、
この体験も子どもたちにとって大事。
この方々にお任せしたい」と
感じたり思ったりして頂けること。

このシステムに注目して自分たちに何ができて何ができないのかを考えることが
糧として確立していくことにつながっていくのではないかと、
「考える」時間もまだまだ多い。

「知られてないんだから仕方ないじゃないか」
なんて、いう人たちも多い。
ごもっともですが、
何か代替え案はないのかな?
仕方ないじゃん、でおさめたいのは「あなた」であって
私たちは「納めたくない」から方法を考えていく。

「今までやったことがそぐわないことなら、変えましょ」

ただそれだけ。

営業や企画といった人材が必要だと、
代表は考えてMRAを創設した。

「やること」「やれること」「やったほうが良いかもしれないこと」
「やらないこと」「やれないこと」「やらなくてもいいかもしれないこと」

整理して提供していくことは、
クライアント様の何かを手伝うことなのだと感じる。

それを「対価」に変えて
「仕事」を頂くことになる。

仕事を作るのは自分たち。
頂くものだけ待っていても、糧とはならない現代。
持てる引き出しを整理しておくことは仕事に通じる。

向き合うことの大切さ

「ギャラ」(額)で仕事を決めることはない。
どこへ行っても、
「フラットに仕事できるかできないか」を
考えるだけ。

だからこそ、「おいくらぐらいで」と聞かれると困る。
しかしその困ることはクライアント様も困ること。

実費の部分を計算し、
最低限必要な金額と存続に必要な利益の部分を計算。
その前段階として「〜くらいからです」の言葉。
これで「安心」が得られるなら、検討材料にして貰えば良い。
自信を持って確実な数字を伝える。
計算してもらっても「嘘」のない裏が取れる数字。

(来年度から使う予定の三つ折りパンフ→) 

 

学んできたこと・体験してきたことが
対価になる瞬間。
今年は「初見見積もり」で「OK」頂いた契約が2件。
その時の言葉が
「一瞬高いと思ったけど、よくよく計算したら
高くもないんですね。1回あたりを考えてそう思いました」
のような言葉。

年で契約してくださったクライアント様の言葉のひとつ。
素直に嬉しかった。

「あなた方のやってること取り入れたいです」
「これでいかがでしょう。年間3回です」
「高いですね。検討します」
「はい」
(お会いした時)「どう高かったか、勉強させていただきたいです」
「いや、よくよく計算したら高くなかったです。
失礼しました。目の前の数字に思わず言葉が出てしまいましたね。」
「そうでしたか。説明不足で失礼しました」

お互い様が成り立った契約
感謝でしかないし、また頑張ろうと思える。
第一段階、認めて頂いた時間。
嬉しいじゃない。

ここに少しでもお互いのどちらかにだけでも
「驕り」や「高慢な態度」などがあったら…
契約はなかっただろうと振り返る。

相手を信じて優先すべきで最適解を導く。

もう一件は
「○○さんがいらっしゃるから」

これ1番困る言葉。
ありがたいのですが、困るのね。

私がいるところという信用、
ありがちとは思うけれど、そうではない。
喜びたいけど喜べない。

ドラムサークルは「誰か」のファンを広げる場所じゃないし、
なんだか分からない「サイン」なんだと捉えてる。

「お任せします」ならまだ良いけれど、
「あなたがいるから」だけでは
「安心してない」証拠ではないかなと考えた。

何が怖いのか、何が分からないのか、
お話を何度でもすべき重要なところ。

でも、
「誰かのファン」がドラムサークルを広げてくれたりもする。

それは「安心」できた証拠とも考える。
ここに至った時、
その安心にあぐらをかかず、サポートをさらに強める。

ファシリテーターファンじゃない限りは
ありかもしれないとも思えた時間。
(そう思うことができた言葉、ありがとうございました。)

企画冥利を体感。

そんな学びがあったことを考えると、
ファシリテーターもファシリテーターファンがいることは
きっと心強いことなんだろうなぁ。

もちろん、
ファンがいることそのものを否定する気はない。
ファンかどうかはどうでもいいことで、もっと大事なこと。

ファンであるがあまり、
ほかのファシリテーターやそのチームメイトを
テクニックや仕事でのあり方に何かもの申すのではなく
人間形成を「否定」するような言葉を突きつける人もいるし
自分の思うファシリテーターをチームメイトが
「神」と祀ってしまう慢心。

「なぜそうなるか」を考えたいと常々。

言い争いをしたいのではない。
お仕事でも無償のボランティアでもやることは同じ。
「あなたのできること」を教えて。納得させて。
それでいいじゃないか。
チームとして成り立つ一つの条件だと感じる。
まなぶ場所でもあるはず。
基本的な部分を知らずに、何を成立させたいのか。
“誰でもできる”ことでないから
勉強が必要なんだから。

「コミュニケーション形成」
そもそも、コミュニケーション形成を「音楽的要素」を使って行ってること。
自分たちが楽しむことだけ展開すればいいわけではない。
楽しむだけならファシリテーションなしでフリードラミングでもできる。

先輩方はたくさんのご苦労があって今があり、
プロトコルを持ってる方もいらっしゃる。

この環境に我々が甘えて、
「できるようになったでしょ」と
何年も前から同じことを言ってしまうファシリテーターに対し、
「品質維持できるドラムサークル」をやってるとは
言い難い状態が生まれる。

同じことをやるようになるかもしれない
「年齢」や「環境」「思考行動」
それを受け取るようにしてるけど、
現場は現場。
1分1秒、無駄にしたくない想いはなかなか伝わらない。

(※フリードラミングやドラムサークルイベントはいくらでもあるし
世界的にもドラムサークルが存在するから無くなることはない。
国内では人材が薄い現実がある。)

「ドラムサークル」が多くに知られていない現在の原因を
ドラムサークルを知った2018年以来、ずっと書き出している。
5年も経過すると一周回ってみたいなことに遭遇もするし、
世間の動きに変化もある。
原因に対してやってみることも書く。
解決したかもしれない事も書いてる。
先輩方が何をやってきたかも学び、大事なところも書き出す。

2024年の展開と方法、今最優先にすることが見えてきた、12月24日クリスマス。

数は増えた。ご新規の打ち合わせもある。
業務委託事業の体験から見えることもあるだろう。

特に守るものもない自分の生活さえ守れば良い普段、
天命くらいに思って邁進してきた5年だが、
自分の熱を抑える年末になった。

周囲はどうあれ、自分は自分を否定せず
「今やれることをやる」というルーティンは変えない。
優先課題に取り組むだけ。

末筆になりましたが…

一般社団法人メディカルリズム協会が実施する
ドラムサークルを採択して頂いた皆様、ご参加頂いた皆様、
そして、サポートしてくださった協会の皆様に
御礼申し上げます。引き続き、よろしくお願い申し上げます。

良いお年をお迎えくださいませ。

2023 Merry Christmas and Happy New Year 2024

(企画運営)

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